Feb 04, 2010
電話代行の利便性と関連の危うさ
電話代行会社をざっとインターネットで検索しただけでも山ほど出てきます。人手が不足している中小企業が顧客へのサービス向上を目的とするための電話代行を依頼する場合、問題はないが。しかし、例えば、詐欺まがい業者が相手を信用させるために、電話代行を利用すると、関連の電話代行業者につきましては責任がないのでしょうか?疑問が残っています。世の中にhあ、様々なことがあるが、最近私が心配することの一つは、コールセンター業務があります。一見、顧客の問題や苦情を受けることがですから、苦手な方もいると思いますが、私はあなたの貴重な意見を聞くことができる非常に重要なことだと思います。ぜひコールセンターの仕事をしてみたいと思います、経験が無いと難しいようです。
渋谷・Bunkamura「ル・シネマ」(渋谷区道玄坂2、TEL 03-3477-9264)で現在、没後20年を迎える仏アーティスト、セルジュ・ゲンスブールの生涯を描いた「ゲンスブールと女たち」(原題=GAINSBOURG、Vie erique)が公開されている。配給はクロックワークス。(シブヤ経済新聞)
1928年、パリでリシュアン・ギンズブルグとして産声を上げたセルジュ・ゲンスブール。両親はユダヤ人。バーのピアノ弾きとして働きながら美術学校に通っていたが音楽の道で生きていくことを決意。最初の妻エリザベットと結婚すると同時に作曲も始め、キャバレー「ミロール・ラルスイユ」でピアニスト兼歌手として働き始める。1955年、セルジュ・ゲンスブールと名乗るようになる。1958年にデビューアルバム「第一面目のシャンソン」を発表し、1960年、映画「唇によだれ」のテーマ曲(共作)がヒット。他のアーティストへの楽曲提供も多く手掛け、1965年「夢見るシャンソン人形」(フランス・ギャル)などがある。
ゲンスブールはハンサムとは言えない風貌ながらも、仏・女優のブリジット・バルドーさんや英・女優のジェーン・バーキンさんなど多くの女性たちに愛された「だて男」。1991年3月、心臓発作で急逝。同作ではその「破天荒でセンセーショナル」な生涯、「伝説」をシャンソンやジャズ、フレンチ・ポップで彩りながら描いた。
監督・脚本を手掛けた仏コミック作家のジョアン・スファールさんは1971年、ニース生まれ。高校卒業後ニース大学で哲学を専攻する傍ら、有名なコミックアーティストたちに自作を売り込み、1994年に初の自著を出版。これまでに、個人や共作などで150以上の漫画・小説・アニメ映画などの作品を手掛け、仏ロックバンド「ディオニソス」のビデオクリップは2006年、アヌシー国際アニメーション映画祭で賞を受賞したほか、同年「The Rabbi’s Cat」で「漫画界のアカデミー賞」と呼ばれるアイズナー賞も受賞。先月、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説をコミック化した「星の王子さま バンドテシネ版」(サンクチュアリ出版)が出版された。「ゲンスブールと女たち」が初の長編監督作品となる。
「彼の人生にとても忠実なものではあるが、伝記映画ではない。これは本物の物語なのだ。劇中ではパリもロンドンも登場人物のようなもの。ゲンスブールの足跡をたどる中で、僕らはあらゆる類いの隠れ家やアンダーグラウンドの世界を発見することになった」と振り返り、「僕はこの作品を、ゲンスブールに親しみがない海外の観客に向けたものにしたいと思っていた。今作を体験する人は、ベールを脱いだ非凡な運命だけでなく、モダンな原型をも目撃すべきである」とスファールさん。
同館と新宿バルト9ほかで全国ロードショー。
【関連記事】
性同一性障害アーティスト・ピュ〜ぴるさんのドキュメンタリー、渋谷で公開(シブヤ経済新聞)
米画家・故バスキアのドキュメンタリー映画、渋谷で公開−生誕50周年で(シブヤ経済新聞)
横浜美術館でシャンソンコンサート「愛の讃歌」-フランス人歌手来日(ヨコハマ経済新聞)
ゲンスブールと女たち
Bunkamura
秋田観光コンベンション協会(秋田市大町2、TEL 018-824-1211)は6月1日、秋田県の観光PRを担う「あきた観光レディー」の委嘱状交付式を行った。(秋田経済新聞)
【画像】 10代目「あきた観光レディー」の皆さん
秋田県内の観光PRを行うことなどを目的に同協会が委嘱する「あきた観光レディー」。4月から募集を始め、応募したのは37人。書類選考と面接審査で選ばれたのは、県内の会社員や短大生ら18歳から26歳までの女性5人。秋田市民俗芸能伝承館(大町1)で委嘱状と副賞の韓国旅行が贈られた。
任期は2013年5月までの2年間。県内外で開かれる観光PRイベントなどのアシスタントを務める。
【関連記事】
10代目「あきた観光レディー」の皆さん(関連画像)
秋田PR大使に加藤夏希さんと佐々木希さん−県が委嘱(秋田経済新聞)
24代目「ミスあきたこまち」の7人、決まる−東京や神奈川在住の大学生も(秋田経済新聞)
秋田観光コンベンション協会
大阪歴史博物館(大阪市中央区大手前4)で現在、特集展示「懐かしい市電とバスのある風景」が開催されている。(京橋経済新聞)
【画像】 地下鉄開通ポスター(関連画像)
大阪での市電の歴史は1903(明治36)年9月、日本初の公営路面電車として花園橋から築港桟橋までを開業したのが始まり。大正時代には営業距離も50キロを超え、市民の足として定着した。市営バスは、1927(昭和2)年に阿倍野橋から平野間を市営バスの営業が開始。車体の色から「銀バス」という呼び名も生まれた。地下鉄は、1933(昭和8)年に登場。梅田から心斎橋を結び、新しい都市交通として発展してきた。
これらの大阪の交通機関の歴史を明治30年代〜昭和40年代を中心に振り返り、懐かしい街の風景を感じてもらおうと企画された同展。大阪市交通局が所蔵する市電、バスなどの写真約40点をメーンに、地下鉄が開通した当時のポスターや市バス関連のグッズなども展示している。入場者は年配者が多く、展示物を見ながら昔を振り返り当時の話に花を咲かせている姿も見受けられるという。
25日・26日には「鉄道模型ジオラマ大会」も開催予定。地下鉄御堂筋線をはじめ、谷町線、中央線などの地下鉄車両や、地下鉄に乗り入れている阪急電車・近鉄電車などのジオラマ車両が展示走行する。
同館学芸員・船越幹央さんは「20〜30代の当時を知らない世代にも、市電がどういう形で市民の足として活躍していたかを知っていただけたら」と話す。
開館時間は9時30分〜17時。火曜休館。入館料は、大人=600円、大学生・高校生=400円、中学生以下無料。7月4日まで。
【関連記事】
地下鉄開通ポスター(関連画像)
大阪地下鉄を走る電車ジオラマ(関連画像)
運転系統図
「三陸鉄道」のトレインケーキ、京橋の鉄道カフェが復興支援で商品化(京橋経済新聞)
大阪歴史博物館
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.