May 08, 2009
Web制作はSEO対策が重要
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統一地方選前半戦の県議選(定数48)は10日、9選挙区で投票があり、即日開票の結果、40人の当選が決まった。無投票だった7選挙区の8人を加え、計48人の顔ぶれがそろった。最大会派の自民は公認・推薦合わせて28人となり、改選前勢力の単独過半数(25議席)を上回った。政権交代後初の県議選に挑んだ国政与党の民主は推薦を含めて7人と改選前(11議席)から大きく減らした。6月の知事選に自民、公明の推薦で3選を目指す三村申吾知事には好材料で対抗馬を擁立する民主は戦略の練り直しを迫られそうだ。投票率は51・68%(男52・07%、女51・35%)。前回より5・4ポイント下がり、過去最低となった。【矢澤秀範】
◇知事選に追い風 9選挙区、40人決まる
告示日に無投票で当選が決まった7選挙区8人を除いた9選挙区40人が決まった。40議席に対して59人が立候補し、震災復興策や雇用対策、原子力政策など県政の諸課題をめぐって9日間の選挙戦を繰り広げた。
改選前議席の上積みを目指す自民は全選挙区に公認候補を擁立。公認の27人(無投票当選8人含む)に加えて4人を推薦し、引き続き県政での主導権を握ることを目標とした。
民主は国政与党を前面に押し出したが、擁立できたのは推薦含め改選前より微増の13人にとどまった。当落線上とされる候補者も多く、県政批判と党の政策を中心に訴え、支持層の拡大を狙った。
公明は青森と八戸市区の2議席を確保するため、強固な支持層を着実に固めていった。共産は青森、弘前、八戸市区での議席増・獲得と知事選をにらんで積極的に街頭演説を展開。社民は福島瑞穂党首の応援演説などで、青森市区の現有1議席の死守を目指した。
無所属は22人が立候補。現職や元職に加え、一定の支持基盤を持つ新人も懸命な運動を行った。
一方、東日本大震災の影響で、街頭での政策の訴えよりも支持者固めに重点を置く傾向がみられた。
◇自民・滝沢氏が5選 震災で各陣営が選挙戦を自粛、支持票固め奏功??八戸
津波被害を受けた八戸市選挙区(定数8)では現職と新人計11候補が争った。自民と民主勢力が拮抗(きっこう)する中、自民の現職、滝沢求氏が5度目の当選を決めた。連絡を受けると、滝沢氏は市内の事務所で支持者らとがっちりと握手して喜んだ。
滝沢氏は中曽根康弘元首相の公設秘書などを経て、98年の県議選で初当選。4期16年の実績を強調し、集会などを多くこなして票固めに奔走した。
選挙区では告示前に共産と無所属の新人を除く9候補が選挙カーの使用自粛などを申し合わせた。各陣営とも総決起大会や事務所開きの自粛などがみられ、政党対決色は薄まった。
市内には避難所暮らしを送る被災者もいるだけに震災復興を最優先課題とし、市民生活や企業活動への支援を力強く訴えた。
ハンドマイクで政策を訴えるのも難しく、多くの候補は自家用車や徒歩で市内をめぐり、支持者らに思いを伝えた。演説は控え目となり、支持者固めが中心となった。
有権者からは、早期の復興や雇用確保など切実な願いが連日のように届けられたが、「選挙どころではない」という声も少なくなかった。各陣営とも投票率を読めず、難しい戦いとなった。余震が相次ぎ、投票直前の7日夜には再び沿岸部に避難勧告が出されるなど選挙ムードは盛り上がりに欠けた。
滝沢氏は同じ選挙区の仲間の戦況を気にしながら、表情を引き締めて地元の復興を願った。
◇渋谷氏、再選果たす 民主逆風はねのける??青森
現職、元職、新人の計13候補がともに強固な支持基盤を持ち、「横一線」とされた激戦区の県都・青森市選挙区(定数10)。民主政権への逆風をはねのけ、渋谷哲一氏が再選を果たした。
渋谷氏は前回選に無所属で初当選。政権交代後に民主入りし、県議会で鋭く三村県政を批判するなど会派に勢いをもたらした。
前回当選し、2年前に市長に転身した鹿内博氏、引退する前自民党県連幹事長、山内和夫氏の票の行方も注目される中、政党に所属して戦う初の選挙となった今回は同じ地盤から新人が立候補し激戦となった。県都で議席を失うわけにはいかない民主は県連代表の横山北斗氏らが街頭応援に立つなどテコ入れし、当選を決めた。
◇前市長・相馬氏当選 激戦を制し返り咲く??弘前
弘前市選挙区(定数6)では、無所属元職で前弘前市長の相馬〓一氏が7回目の当選を決め、返り咲きを果たした。現職や新人ら10人が立候補し、終盤になっても票が読めない混戦だっただけに、トップ当選を決めた相馬氏は同市の事務所に詰めかけた支持者らと満面の笑みで握手を交わすなどして喜んだ。
相馬氏は弘前市議2期、県議6期を務め、06年4月の弘前市長選で初当選。再選を目指した昨年4月の市長選で敗れた。去就が注目される中、県議選への再挑戦を表明。強固な後援会組織を持つだけに「台風の目」とみられた。
選挙戦では、長い政治経験を武器に県政界への復帰を訴えるとともに、原子力政策の検証などを主張し、激戦を制した。
◇吉田氏、県南初の女性議員に当選??上北郡
定数4を7人で争った上北郡選挙区。7町村からなる選挙区には現職1人、新人6人が立候補。地域代表として各候補が激戦を繰り広げた。
引退する三村輝文氏の後継として立候補した吉田絹恵氏は、おいらせ、六戸町を中心に支持を訴えた。「県南初の女性議員を」を合言葉に三村氏後援会の支援を受け、被災した町の復興策などを訴えて当選を果たした。
一方、前回トップ当選の自民、中谷純逸氏が野辺地町長選に挑むため同町を地盤に立候補した民主の木明和人氏は、地域色を前面に出したが、党への逆風で涙をのんだ。
◇自民県連重鎮、阿部氏が5選??南津軽郡
定数1を自民現職1人と無所属新人2人が争った激戦区の南津軽郡選挙区では、自民党県連の重鎮、阿部広悦氏が5選を決めた。
県連で政調会長を務める阿部氏は4期16年の経験を武器に、農林水産業や福祉の充実などを訴えた。地区ごとの集会を重ね、支持を手堅くまとめた。木村太郎会長の応援も後押しした。
阿部氏には同じ藤崎町の前町議、鶴賀谷貴氏と前田舎館村議の鈴木和久氏の2新人が挑んだ。阿部氏と同じ「木村系」の鶴賀谷氏は、現職の厚い壁を崩せなかった。鈴木氏は教育政策などを訴えたが及ばなかった。
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■解説
◇政策論争が低調、有権者判断材料少なく
政権交代後初となる今回の県議選は、県政与党・自民と国政与党・民主を軸にした政党対決が予想された。県政が抱える多くの課題についての政策論争が期待されたが、東日本大震災の発生で復興支援や防災対策などが大きな課題に浮上した。
改選前25議席だった自民は、早い段階から推薦候補を含めた30人の当選を目標に掲げるなど準備を進めた。このため、現職が定数の半数未満の選挙区には新人や元職を積極的に擁立。09年衆院選や10年参院選で底力を見せつけた強力な組織態勢は健在だった。
前回選で改選前と同じ6議席にとどまった民主は、政権交代後に他会派からの合流などで勢力を11に伸ばした。国政与党を強調しながら三村県政を揺さぶり、存在感を示してきた。その延長線上にある今回の県議選は議会勢力図を一変させる可能性も秘めていた。
だが菅政権や党への逆風が吹き、当初掲げた「空白区の解消」に向けた擁立作業は難航。風に大きく左右される県連の体質が露呈し、昨年末には候補の発掘を断念せざるを得ない状況に追い込まれた。無投票当選者はすべて自民現職で「不戦敗」の民主が議席を与えたとも言える。
自民が単独過半数を確保したことで、知事選で自民と公明が推薦する現職の三村申吾氏は有利に戦える展望が立っただけでなく、3選時の議会対策でも不安要素は減った。
福島第1原発の事故を受け、原子力政策も注目されたが共産と社民、無所属を除いて、議論は低調だった。復興や防災も盛んな議論があったとは言い難い。戦後最多となった無投票選挙区に加え、選挙運動自粛などで有権者に示される判断材料が少なかったのは不幸なことだ。【矢澤秀範】
4月11日朝刊
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